阿部祐己『二本の木 あるいはトロワイヨンの森』
【開催概要】
会期:2025年5月17日(土)~6月1日(日)
12:00~19:00 ※月曜日・火曜日・水曜日休廊
場所:GalleryYukihira(アクセス)
※本展は国立写真間2025(https://www.kunitachishashin-kan.net)に参加しています。
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本展では、阿部祐己の近年のシリーズから、二つの「作られた風景」を軸に構成された作品群を紹介いたします。
作家は一見すると手つかずの自然に見える風景の中に、人間の痕跡を捉え、時間と共に変化し続ける自然と人間の関わりを映し出しています。
本展で展示されるのは、かつて牧場として拓かれ、今は「二次草原」として管理され続けている草原と、現在も山間に残る現役の牧場の風景です。どちらも自然の一部として調和した景観でありながら、その背後には人の手による管理と歴史的背景が積み重なっています。また、そこに現れる動物たちの姿は、風景の時間的広がりと環境変化の兆しを示しているようにも感じます。
阿部の視線は、過去と現在を繋ぐ風景の層を掘り起こし、自然とは何か、人間はどのようにその自然に関わってきたのか、そしてこれからどこへ向かうのかといった問いを私たちに投げかけます。この機会にぜひご高覧ください。
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一見、手付かずの自然の風景に見えていて、実は誰かの手で開拓され、誰かの手で維持されている “作られた景色” を私は撮影している。今回は共通する2つの場所で撮影した作られた景色を並べて展示をする。
一つは二つの木と草原である。かつて、ここには牧場があり土地の目印に木が植えられた。牧場が無くなった後も木は姿を消すことなく、それから数十年の月日が流れている。いまでも草刈りが行われている牧場跡には、二次草原と呼ばれる箱庭的な風景が広がっている。
日中の撮影を続けた後、私は夜に撮影をシフトした。辺りが暗くなると草原のあちこちから草木が揺れる音が近づいてくる。息を潜めて様子を伺うと数頭の鹿が姿を現した。この辺りは鹿とは縁がある土地で、鹿に化けた菩薩が教えたと伝わる温泉地があり、麓の神社には鹿の頭部を神饌として供える儀式があったほどだ。冬の猟期以外天敵のいない彼らは一晩中草を求め食べ歩く。日没から日の出までの ”夜の牧場” に現れる鹿の数は年々増え続け、近頃は100頭近い群れを見ることも珍しくなくなった。彼らが山の主として君臨しているのは夜の間だけで、夜明けとともに森の中へ駆けていってしまった。
もう一つは今も山に残る牧場である。ここには春から夏にかけて麓の農家から集められた牛と馬が闊歩している。その昔、牧と呼ばれ馬を都へと献上していた土地の歴史があり、品種こそ変わったものの牧畜の文化は絶えることなく続いている。西洋式の牧場に佇む彼らの姿が19世紀にコンスタンティン・トロワイヨンが描いた動物たちと重ねて見えた。かの画家が見ていた景色と現代日本とでは土地も時代も全く違うが、都市部から程よく離れた場所に極めて人工的な箱庭的風景が管理され、当時生み出されたホルスタイン種の末裔が歩いていれば、山の景色も相まってそれほど遠い話ではなさそうに思えた。
牧歌的ともいえる風景だが、作られた景色は自然に残るものではない。草刈りを止めればあっという間に牧場跡は草原に隠れてしまうだろうし、本来はそれを自然の風景と呼ぶのだと思う。しかし人類の進歩の積み重ねの結果、作られた自然の風景は目に見える速さで変化している。暖かい冬は命を繋ぐ鹿の個体を増やし溢れんばかりの数が群を成して現れるようになり、真夏の太陽は日のあたる草原からの森の中へと牛馬を誘っている。人類の進歩と調和は気候変動という神の領域にまで影響を及ぼしている。21世紀の今日、それをコントロールする術を我々は持ち合わせているのだろうか。
私が撮影している風景は、誰かの手でかろうじて維持されている作られた景色であり、おそらく不可逆的な暖かい世界に向かって突き進んでいる。先の未来を考えたとき、今が ”一番涼しい夏” であり、年月が経つほどにトロワイヨンの描いた日向の風景からは遠くなっていく。彼らも我々も夏の午後の日差しを享受できる最後の世代なのかもしれない。
阿部祐己
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【作家プロフィール】
阿部祐己
人間の痕跡をテーマに過去から現代へと繋がる日本の郊外風景を撮影している。代表作に「新しき家」(第17回 三木淳賞) 、「Trace of Mountain」(epSITE Exhibition Award) などがある。
1984年 生まれ 長野県出身
2011年 日本写真芸術専門学校卒業
展示
2023年 長野県ゆかりのアーティスト ステージ / キッセイ文化ホール (長野県 松本文化会館)
2022年 Re-SHINBISM 1 / ギャラリー82 (長野県 長野市)
2020年 Contact 1 / 茅野市美術館 40周年企画展 (長野県 茅野市)
2020年 JC69 Programmation / Komunuma (フランス パリ)
2019年 「信州のみずうみ」 / 八十二銀行ウインドギャラリー (長野県 長野市)
2018年 SHINBISM 1/ 諏訪市美術館 (長野県 諏訪市)
2018年 「Trace of Mountain」/ epSITE 新宿
2018年 「Trace of fog」/ Alt_Medium (東京都)
2018年 para nature / EUKARYOTR (東京都)
2018年 New universality 01 / 四谷CCAA (東京都)
2016年 「霧のあと」/ 銀座Nikon salon、大阪Nikon salon
2016年 三木淳賞 受賞作品展 「新しき家」/ 大阪Nikon salon
2015年 三木淳賞 受賞作品展 「新しき家」/ 新宿Nikon salon
2015年 全州国際 Photo FESTIVAL / 全州郷校 (韓国 全州)
2014年 「新しき家」 / 新宿Nikon salon、大阪Nikon salon
2014年 BIRTH 展 / CANSON Gallery (韓国 ソウル)
2014年 三菱商事アートゲートプログラム展 / 表参道 GYRE (東京都)
他
受賞歴
2018年 epSITE Exhibition Award
2015年 三木淳賞
2014年 三菱商事アートゲートプログラム 入選
2012年 写真新世紀 佳作
2011年 写真新世紀 佳作
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参考作品
左:「二本の木」2012年
右:「無題」2022年
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お問い合わせ先
Mail:info@yukihira.net(代表・福嶋幸平)