斉木駿介『Clear Vision』

 

斉木駿介『Clear Vision』

【開催概要】
会期:2025年11月1日(土)~11月16日(日)
   12:00~19:00 ※月曜日・火曜日・水曜日休廊
場所:GalleryYukihira(アクセス

弊廊では、斉木駿介の個展「Clear Vision」を開催いたします。
斉木の作品は、現実とインターネットが交錯する現代の日常を、キャンバスという物質の上で再構築するものです。彼が描くモチーフは、SNSのタイムラインに並ぶニュースや何気ないつぶやき、街角のゴミや看板など、私たちの視界を一瞬で通り過ぎていく断片的なイメージです。それらを解体し、重ね合わせることで、曖昧でつかみどころのない「今」の空気を可視化しています。
本展では、ギャラリー全体をグリーンバックで覆い、絵画作品がその上に漂うように展示されます。グリーンバックは、映像編集の際に不要な背景を消去し、必要なものだけを映し出すための緑色のスクリーンです。斉木はそれを、現実やネット上で失われていく情報を浮かび上がらせる装置として用いています。グリーンバック空間に入った鑑賞者もまた、展示の一部として取り込まれ、作品と自身の存在が交差するような体験を得ることになるでしょう。

斉木は自身の制作について、「消えゆくものに重さを与え、時間の断片を物質として留める手段」と語ります。現実の風景が時間とともに変化し、記憶の中で薄れていく一方で、永遠に思えるデジタル情報もまた、現実と同じように風化し、リンクもやがて断たれていきます。本展のグリーンバック空間は、変わりゆく現実や情報を選択的に映し出す装置として、失われるものと保存されるものの境界を意識させ、鑑賞者に現代の記録の儚さと永続性を静かに問いかける場となるのではないでしょうか。



2025年5月
私は今回の個展の打ち合わせのため国立を訪れた。
Gallery Yukihiraでは2020年に個展を行わせて頂いたがその時期はコロナ禍という事もあり無駄な外出を避けて街を散策する事は自重せねばならなかった。
久々に降り立った国立で打ち合わせがてら街を歩く事ができた。
国立の街並みは駅から放射状に3本の大きな道路が伸びそれに合わせて碁盤の目のように整然と住宅地が立ち並ぶ。
その美しい区画から明確な都市計画があった事が伺える。
国立は言わずと知られた学園都市である。

Gallery Yukihiraのオーナーである福嶋さんと街や施設を散策したあと私たちは再び国立駅へと戻ってきた。
現在のJR国立駅の目の前には復元された旧駅舎が存在する。

国立駅は大正15年に創建された。
その美しく赤い三角屋根は国立のシンボルとして長きに渡って親しまれたがJR中央線の高架化に伴い2006年に解体され2020年に再築された。
駅に置いてあるパンフレットによると70%の木材は当時のものをそのまま利用し残っていた図面資料などから忠実に再現したとある。
つまり一度解体して少し離れた場所に再構築された事になる
福嶋さんは中学生の時に解体された旧国立駅を写真に収めている。
国立の美しく象徴的な駅舎が失われるとあって何か形に残さねばと使命感を感じたのだろう。

人はなぜ形に残したいと思うのだろう。
残りの人生をその思い出と寄り添いたいからなのか。
後世の人々に伝えたいからなのか。

そのようなエピソードも聞きながら改めて復元された国立駅を眺めた。
再築された旧駅舎の中は待合室と国立駅の歴史や図面などの資料展示室、土産物売り場のような空間となっている。
駅という役割を失っているため建物の中身に関しては解体以前のものとは大きく異なるようだ。
柱や壁をまじまじと見てみる。
とても美しく傷一つない。
ペンキも綺麗に塗り直されてピカピカツルツルだ。
一度別の場所に運んだ木材を綺麗に補修して再構築した事が伺える。
福嶋さんは「こんなだったかなあ…」
と声をもらした。

その要因には復元された国立駅は創建当初のイメージを元にしているからというのもある。
福嶋さんが知っている国立駅にはKIOSKなども入っていて古い駅舎と当時のテナントが混在したものだったそうだ。
保存記録、そして復元。
私は過去の国立駅を知らない。
この復元された旧駅舎と資料から想像するだけである。
私にとってリアリティがあるのは現在のJR国立駅でありそれはどこにでもある無個性的な駅舎でしかなかった。

ものは失われていく。
そしてしばしば人の思いによって保存、復元され再び立ち上がる。
しかしいかにうまく復元されたものもレプリカの域を出ない。
人々が持つ当時の思い出や空気感まで完全に引き継ぐ事は出来ない。
物質である限り存在は常に消滅へと向かっていく事は避けられないだろう。

ならば質量を持たないネットの世界にこそ永遠が宿るのだろうか。
そう考えた時期もあった。
しかし10年前に存在していたウェブページの約40%はすでに存在しないという記事を読んだ事がある。
データもまた静かに崩壊し、リンクは断たれ、記録は風化する。
デジタルの永遠性は結局のところ幻想にすぎなかったのだろうか。

今回の個展の内装にはグリーンバックを用いている。
グリーンバックは映像やオンライン会議の中で”必要なものを映し出す”と同時に”不要なものを消す”ための装置だ。
アーカイブは、選び抜かれた断片だけを保存し、他のものを切り捨てる行為でもある。
私はその”取りこぼされていくもの”に目を向けたい。

アーカイブは完全な保存ではなく、絶えず更新され、欠け続ける行為である。
その欠けた部分にこそ時代のリアリティが宿るのかもしれない。
会場内には場所も時間も異なる現実やネット上の情報の断片たちが浮遊する。
その断片たちは絵画という物質の上で結実し重さを得る。
これは私なりの時代のアーカイブであり不可能かもしれない永遠へのささやかな抵抗である。

斉木駿介

【作家プロフィール】
斉木 駿介 (さいき しゅんすけ)
Shunsuke Saiki

美術家。1987年福岡県生まれ。九州産業大学 博士前期課程 芸術研究科 美術専攻 修了。

主な個展に「リプレイする」(横浜マリンタワー,2024年)、「Skip chapter」(Artas Gallery,2023年)、「BAD TRIP VR」(京都岡崎 蔦屋書店 GALLERY EN ウォール,2023年)、「スクロールする風景」(GalleryYukihira,2020年)、「スクショする風景」(Artas Gallery,2020年)、 「日常とフィクション」(新宿眼科画廊,2019年)、「日常とディストピア」(KANZE ARTS,2019年)。

主な展覧会に「サンプリングセンサー」(新宿眼科画廊,2025年)、「幽体離脱する風景」(roid works gallery,2025年)、「IN-ON-OUT」(oh studio hiroshima,2025年)、「Caravan」(Sansiao Gallery,2024年)、「はたからみる」(CASHI 新宿眼科画廊,2023年)、「定点観測のあいだ」(GINZA SIX 銀座蔦屋書店,2023年)、「メランコリック日常」(Artas Gallery,2022年)、「美術手帖ニューカマーアーティスト展」(GINZA SIX 銀座蔦屋書店,2021年) 、「emerging artists」(500m美術館,2021年)、「dpi」(KANZE ARTS,2021年)、「非/接触のイメージ」 斉木駿介・名もなき実昌 2人展(IAFshop*,2020年)ほか。

主な出版物に2021年「美術手帖2月号 ニューカマーアーティスト特集」、「明るい映画、暗い映画 21世紀のスクリーン革命」表紙装丁(渡邊大輔 著)など。

WEB:https://shunsuke-saiki.com

お問い合わせ先
Mail:info@yukihira.net(代表・福嶋幸平)